山岳渓流会 岩遊

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  • 北アルプスの山行




8月 上ノ廊下

2016年8月3日(水)~7日(日)
豊野会長、塚越、河村、後藤(記録)

前夜:2016年8月2日(火)
 出張先の静岡での仕事を終えると、そのまま装備一式詰め込んだクルマで52号を北上、中部横断道、中央道、長野道と乗り継いで七倉ダムへ1時過ぎに到着。塚越さんのクルマを見つけたがもうお休みのようなので、そそくさとテントを張り、1時間ほど酒を呷って就寝した。

1日目:2016年8月3日(水) アプローチ
朝5時頃起きると、テレビの取材が来ていた。登山指導センターの人によれば、ブナ立尾根で学校登山の引率の先生が不明になっているとか。ほか、湯俣の状況を聞いたりしたのち、会長と河村さんの待つ扇沢へ塚越さんのクルマで移動した。わたしのクルマはデポ。
扇沢で会長と合流後、7:30のトロリーに間に合うよう支度をする。クーラーボックスから酒と生鮮食料(ツマミ)類をパッキングし、共同装備の8mm×50mロープを会長から受け取ると、70-95リットルのカリマーはあり得ない重さになっていた。今日は水平移動だからと高を括り、6リットルほどの酒(ビール3000ml,日本酒2200ml,ワイン720ml,ウィスキー360ml)もそのままにわたしは出発したのだった。

平の渡しは14:00の便に乗船するつもりだったので、ゆっくり歩き出す。ウスヒラタケ、タマゴタケを収穫するなどして、荷物はさらに重くなる。気温は高く荷物は重く大汗を掻くが、側壁からしばしばうまい水がしみ出しており、喉を潤すには事欠かない。奥黒部ヒュッテまでは水筒要らずだ。
平の小屋まで、それから奥黒部ヒュッテまでも以外とアップダウンが多く、崩壊地の木のハシゴの登り降りもたくさんあって結構しんどい。わたしと河村さんはそれぞれ500mlのビール6本持っていたのだが、軽量化のためと称して、平の小屋で渡船を待つ間に計3本をみんなで分けあって飲んだ。
奥黒部ヒュッテには16時過ぎに到着。小屋前のテンバにタープを張ると、明日からの困難な遡行に備えて一層の軽量化を図るため、一生懸命に飲み食いした。河村さんは今日も家庭用フライパンを持ち込んでおり、豚肉のタマネギ炒めをふるまってくれた。タマネギは大3個のうち2個を消費。わたしはお中元でもらったウナギを持ち込み、みんなに喜んでもらった。19時過ぎ頃からだろうか、しぶしぶ雨が降り始めて、翌日以降の行程への心配を掻き立てられた。

2日目:2016年8月4日(木) 上ノ廊下前半
雨は上がっている。いよいよ今日から遡行。4時起床、5時45分出発、6時に黒部川本流に入渓。可能であれば金作谷出合いよりも先に、難しければ中ノタル沢まで、というのが今日の行程だ。さいわい昨夜の雨も少量だったので水量に影響を与えていなかったが、8月1日、2日に降った雨で平水よりも水量は多いと会長は言う。
しばらく河原を歩くと、やがて川幅が狭まり左岸が断崖に。最初の渡渉だ。会長の「誰が行く?」の質問に「はい」と河村さんとわたしの声が重なる。河村さんが手振りでわたしに譲ってくれたのでロープを付け、渡渉。この後、スクラム渡渉、ロープ渡渉、岩から飛び込んで流されながらの渡渉を繰り返す。この日、ロープ出す局面ではシレッとわたしが先端を結んでリードした。1度、水中のへつりで水流に押し戻されたときは河村さんに交代、あっさりと突破した。さすが。
下の黒ビンガを過ぎ、口元ノタル沢出合い上部のゴルジュは、会長が前回来たときは水量が多かったため口元ノタル沢に入って巻いたという。今回も水量は多かったため、会長は今日も巻こうかと言っていたが、わたしがゴルジュに入りたがっているのを察して、行かせてくれた。水中をへつり、泳ぎ、岩に這い上がり、飛び込んで泳ぎ、などしているうちに結構時間がかかったが、ここが初日の核心でとても楽しかった。結局ここを通過した時間から、金作谷より先に進むのは難しいと判断し、中ノタル沢泊に決定した。
広河原に出たあたりからわたしはテンカラ竿を振らせてもらった。会長「ひとり塩焼き1尾で4匹要るな。後藤、ショウガは持ってきてるか?ニンニクは?そうか、じゃあヅケも食えるな」と5尾は釣らなければならなくなった。「イワナ汁も食えますか?」と河村さん。6尾。今回竿持ってきたのはわたしだけだ。責任重大。エサ釣りにしておけばよかった。
河原の平瀬のポイントを細かく攻めてみるが、反応がない。小1時間振り続けて絶望的な気分になる。釣れなかった言い訳は貰い物の毛鉤のせいにしようと心に決めたとき、広河原のインゼル右の流れにプールが現れた。その流れ出しとプール内で尺クラスを2尾あげた。わたしは面目を保ち、みなはヅケとイワナ汁を食べることができた。塩焼きは残念だったが、ヅケは結構身が取れて食いごたえがあった。
明日は薬師沢小屋に抜けるので酒は買うことができる。わたしは持ってきた酒を非常用のウィスキーだけを残して全て飲み切った。これを背水の陣という。
暗くなったころ、四方の空が稲光で照らされ始めた。雷は聞こえない。雨も降らないが不気味である。増水した場合のエスケープルートを真剣に検討し始めたが、みんな酔っぱらっているのでなんだか同じことを繰り返して言っている。「まあ、明日のことは明日どうなってるか見てから考えよう」と会長が言いみな検討を打ち切ったが、それでも会長はしばらく無言で地形図を睨み続けていた。

3日目:2016年8月5日(金) 上ノ廊下後半
今日の行程は長いが、上流部に進むだけあってだんだんと水量は減り、渡渉は楽になってゆくはずだと会長は言う。しかしそれでも相変わらずゴルジュ帯の通過は容易ではなかった。歩きも長いが、上の黒ビンガの壮麗さ、立石奇岩の大きさなど、想像のはるかうえを行く現実に飽きることがなかった。
金作谷では、今回唯一のスノーブリッジを見た。例年より雪は少ないと言うが、ここだけは相当量の雪が溜まるのだろう。
A沢を過ぎると長い河原歩きが始まり、いい加減飽きてきた頃に左岸に薬師沢小屋が見えた。小屋前には大勢の人が出て夏の夕方を楽しんでいる。小屋前には吊橋があり、そこを渡ると小屋なのだが、塚越さんがギャラリーの面前でかっこよく(?)渡渉したいといいだした。みっともなくすっ転んだりしないように慎重に、みんなで上ノ廊下最後の、無意味な渡渉をして小屋にあがった。
小屋番の方が出迎えてくれ、わたしたちが今シーズン最初の上ノ廊下遡行パーティーであることが告げられる(奥黒部ヒュッテでもそう聞いていたが、これで間違いない)。一番乗りだ、なんだかうれしい。
小屋は定員の68名を超えてしまっているというが、幸い1人布団1枚分を借りることができた。小屋の方には、乾燥室に再び火を入れていただくなどのお気遣いをいただいた。9時の消灯だったので酒量もやや控えめとなり、久しぶりの布団で熟睡した。

4日目:2016年8月6日(土) 黒部源流
黒部源流は危険もなければきつくもなく、全5日間の行程中のご褒美といったパートだ。
わたしは過去2回、赤木沢へのアプローチと釣りで訪れたことがあり勝手知ったる場所といったところ。来た時にはいつも魚影濃く、いつも天気に恵まれる。熊に遭遇したこともあり、大好きな場所だ。
赤木沢出合いで記念写真をとったりしたのち、五郎沢を合わせたあたりの小プールでわたしは竿を出した。釣り人の入渓も多いからだろうか、しばしば毛鉤を見切られたりして、イワナに遊んでもらった。会長もわたしの竿を借りて試したりし、塚越さんは水中メガネを取り出して泳いだりしている。河村さんはその間昼寝。思い思いの黒部源流を楽しんだ。しかし連日の行動の疲れのせいか、何でもないところでバランスを崩したりするようになって参った。
登山道に出る手前、小滝をイワナが何度も何度も飛び越えようとジャンプしている。会長とわたしは写真に収めようと試みたがなかなかタイミングが合わない。わたしのほうが撮れてる写真は一枚もなかったが、会長のほうはきれいに撮れたのだろうか。
遡行を終えて黒部源流標で記念写真をとり、小屋にあがったのち今晩の酒を購入。最後の夜なのでツマミ類を食い尽くして大いに盛り上がった。

5日目:2016年8月7日(日) 伊藤新道~湯俣川~高瀬ダム
5時起床7時出発の予定が、5時半起床7時45分出発と大幅に遅れた。前夜宴会が盛り上がりすぎたことによるものだ。これを臨機応変の対応という。
伊藤新道は明瞭であるが出だしからしばらくは草に覆われ、朝露にフェルトが滑る。またでかいクマのフンが道に落ちていたりし、要注意だ。
2時間ほど歩くと、ところどころ倒木や枝が道を覆い隠すようになりった。時間に余裕もあるので、倒木を道からよけたり、ノコで枝を伐ったりしながら歩いた。
沢へ降り立つ少し前の崩壊地では、超えた先から懸垂下降したが、崩壊地手前の藪を使って降りることもできそうだ。
沢に降りてしばらくは水量も少ないので渡渉しながらなるべく直線的なルートをとるが、左からワリモ沢を合わせると水量も多くなり、今度は渡渉を避けたルートとりになる。普段の湯俣川の水量はわからないが、スクラム渡渉はあっても、ロープの出番はなかったし泳ぐこともなかった。
いい加減歩きにうんざりしてきたころ、湯俣温泉の噴湯丘が。とても熱い湯が出ており、また奇妙な形をしている。何かのオブジェにようで自然の造形とは思えないのだが、異次元の存在のように感じるのは人間の勝手、これが自然そのもので人間と無関係に存在しつづけるのだろう。
少し歩いて水俣川にかかる吊橋と小屋前の吊橋を渡って晴嵐荘へ到着。7月の豪雨で川の流れが変わってしばらく営業を休止し、再開したのはこの2日前からだと言う。上ノ廊下から伊藤新道、湯俣川を下ってきたことを小屋番さんに告げると、伊藤新道湯俣川のシーズン最初のパーティーにはビールを振る舞うことにしていると言い、ごちそうになった。全行程中、相当量のビールを飲んだのだが、困難が過ぎ去り、達成感に満たされ、初対面のひとに祝福してもらったこのビールが一番うまいと思った。

上ノ廊下は、沢登りをはじめる前からその名を知り、沢登りをはじめた後には憧れとなり、そのまま憧れで終わるはずの沢だった。会に入り、技術とこころ構えについての教えを受け、体力も付いてきたから、今回行けたのだと思う。会長、先輩たちにはこころから感謝です。いつか、何年後になるかわからないけど、自分のルーファイとリードでもう一度突破しよう。
それから、今回の遡行にあたって数日前に書棚から冠松次郎「黒部渓谷」を引っ張り出して該当の章を読み直したのだが、なんと冠松は上ノ廊下の遡行はしていなかった。下降していたのである。今回遡行してみて、黒部源流部から下、滝もないし、水流もよほど強くなければ適当に流されて下ることもできるかもしれない。黒部源流から上ノ廊下、それからまだ歩いたことのない下ノ廊下をとおって欅平へ。そのような沢旅や、柳又谷や北又谷などのまだ見ぬ大渓谷を想像すると、黒部川への憧れはいまだ尽きない。


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